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東京高等裁判所 平成元年(ネ)3580号 判決

主文

なし

理由

控訴人弘子と被控訴人との間で、昭和五八年五月頃、同控訴人が被控訴人方で出産することに関する準委任契約が締結されたことは、当事者間に争いがない。

控訴人らは、被控訴人は、控訴人弘子の出産は三六歳を過ぎた高齢出産であつたから、母体や胎児に特に注意を払うべきであり、また、出産予定日を過ぎてからは十分な診察をして胎児の異常を発見すべきであつたのに、右予定日以降昭和五九年一月五日までの間控訴人弘子を診察しなかつたうえ、右同日おりものの異常を疑わせる分泌物があつたにもかかわらず、医師の指示を仰ぐことや医師の診察を受けさせることをしなかつたため、本件事故が発生した旨主張する。

ところで、助産婦の業務は、正常分娩の介助及び正常な経過の妊娠、じよく婦、健康な新生児の保健指導に限られ、妊娠や胎児に異常があると認めたときは、医師の診療を請わしめることを要し、自らこれらの者に対して処置をしてはならないものである(保健婦助産婦看護婦法三条、三八条)。したがつて、助産婦には、妊娠や胎児に異常があるかどうかに注意し、もし異常があると認めた場合には医師の診療を請わしめるべき義務があるというべきである。

これを本件について見るに、一般に、高齢出産は、三五歳以上の出産をいい、その自然流産率は、同歳から三九歳で二三・三パーセントと、全体の八・六六パーセントより高く、一般的にはそれより若い年齢での出産に比べて危険の高いものではあるが、高齢出産の範囲とされている右の年齢も一応の目安に過ぎないものであり、また、出産予定日についても、最終月経の確認が本人の記憶等の不確かな手がかりに基づくことも少なくないところから、見せかけの予定日である可能性もあるうえ、実際には四二週を過ぎてからの出産も多く、産婦人科医においては、予定日の二週間前後の分娩は、正常なものとされているところである(以上の事実は、成立に争いがない甲第二〇号証、第二一号証及び前掲吉川証言により認められる。)。そして、前認定のとおり、控訴人弘子の場合は予定日までなんら異常なく順調に推移していたものであつたうえ、控訴人弘子は、もし不調を感じた場合にはいつでも被控訴人に連絡してその指示を受け、あるいは診察を受けることもできたということができる。したがつて、いわゆる高齢出産であつて、かつ予定日を過ぎていたからといつて、被控訴人において従前に比して格別な異常発見のための注意義務を負つていたものとは認められず、被控訴人において右予定日を過ぎた昭和五八年一二月二五日から昭和五九年一月四日までの間控訴人弘子を診察しなかつたことが助産婦としての注意義務に違反したものとは到底認められない。

(裁判官 橘 裁判官 安達 裁判官 鈴木)

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